來來尸來 website

終演挨拶 演出より


劇評提出期間が終了しましたので、演出による終演ブログを公開いたします。
本記事は11月4日に書かれたものです。


こんばんは。
來來尸來のいのまちです。

先日、004便「レ-ガデラ」が無事終演しました。
 
観に来てくださった方
ご協力いただいた・気にかけてくださった方
そして参加者の皆さん
ありがとうございました。

少しだけ作品について。
大学の学科の同窓会が2023年にありました。
成績がてんでだめで色々あったので気まずさはありつつも、それなりにイイ顔をして参加しました。結果楽しかったです。

そこで感じた、卒業後も就職と転職で苦しんでいた状況を
みんな知らないんだ
言わなくてもいいんだ
ずっと幸せだったことにして生きていってもいいんだ
という妙にほっとした気持ち。
でも全員そんな時期が見えないだけで多少はあったはずで、労り合えたらもっと幸せなんだろうなあ、という切ない気持ち。
それらを脚本に落とし込んでみようと思ったのが発端でした。

あとは植木鉢から傘が生えていたらおもろいな、くらいのぼんやりしたアイデアがあったので、それと繋げながら、言葉遊びと時間遊びにも広げていった感じです。

しかし最初に出来上がったのは、ちょっとやそっとじゃ世代間ギャップは埋められないんだぜ、という少しいじわるな気持ちを抱えた脚本でした。
なのに、読む会とか会場探しとか参加者募集とか宣伝とかコラボとか準備とか、世代なんて問わず出会う人出会う人が優しい。
優しいというのは、無償の愛をくれるという話ではなくて、こちらの頑張りに行動で応えてくださったり、言葉を選んで温かく接してくれる機会が沢山あった印象です。
そんな人の優しさが何層も脚本に降り注ぎました。
稽古が進むにつれ演出でもやりたいことが何重にも増えました。
それらにくるまれて、表現がまるくまるくなっていったのかもしれません。

なぜそういう“絵”を作ったか、どんな言葉遊びを入れたか、などについては、このさき劇評を書いてくださる方がいることを期待して、特に語りません。
というか既に感想のほうが豊かで艶やかでビビっております。

察しようがないフライヤーのイラストだけ解説します。

〈表面〉
大雨のなかを快適そうに歩くワンピースの女性。
エーさんの子供が成長した姿をイメージして描きました。
あの子が長寺さんの年齢になったとき、長寺さんは劇中当時の笛野戸さんの年齢になります。

〈裏面〉
水撒き仕事を手伝いながら、いかにもな下駄をかっとばす男の子。
笛野戸の「じいさん」の2025年の姿を描きました。
いま、彼は16歳なのです。

今回大変だったこと、個人的に…。
場面場面で「脚本のいのまちさん」「演出のいのまちさん」「職人のいのまちさん」と呼ばれ、あるいは呼び、要は担当部署を兼ねすぎるとこうなるのですが、脳みそが追いついていないときはありました。
身体も精神も無理がきかないタイプなことは前々から気づいていたので、仕事や生活に影響ない(なくはなかった☆)範囲で、上記の概念3人が毎週三つ巴の戦いを繰り広げていました。もっと仲良くしてほしいです。

また、稽古期間には配役や設定と引き合わせることに必死で、みんな自身のことをあまり聞かなかったことは少し反省です。
聞かないほうが演出には効果的だったかもだけど、雑談は大事です。

かけた期間と人の経験値にいつも以上に助けられた公演でした。

プロは短い時間と自らの経験値を以て結果を出さないとなんだなあ、プロすげえなあ、と実感しましたが、アマチュアとしてはかなり良い部類の経験をさせていただいたんじゃないかとも思いました。

しきPとなら演劇のかたちをしたクリエイションをまだまだ楽しんでいける、と再認識しました。

ただ、しばらく休んで(というより仕事と家庭と交流と勉強と筋トレにちゃんと自分を割いて)ひとりの人間としての密度をみちみちにしてから、本公演企画に戻ってこられたらと思っています。

盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し。

またお会いしましょう。