背徳は常に鴨川が流してくれるし、どんなに逸脱しようと左折を繰り返せば、「おかえり」と言ってくれる。
京都はそんなまちだと思う。
変わらないようにみせかけて、知らないマクドナルドができていたり、毎日みていたはずの百万遍の雑多がなくなっていたりする。
「ただいま」と同時に浮ついた一瞬の違和感も、そのうち消えて、この景色を受け容れて、学生時代に過ごした景色なんかきっとそのうち忘れていくのだ。
こうして言語化してしまうと自分でも「いや、そんなもんでしょ」となってしまうのだけど、なんとなく感じているこのもどかしさみたいなものを、ちょっと誰かに伝えてみたい。
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スパイアの企画意図はそういったものでした。
自分が提供したスパイアという題材を用いて、出町は「葬式」の話を書いています。
どういう処理をして思いついたのかは知り得ませんが、自分の企画意図とはまた別の思いを託しているのでしょう。
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スパイアのことを歌ったうたはないという記事をみつけました。
モチーフとしてはもしかしたら弱いのかもしれません。
この場所は街のみんながミーティングスポットとして誰かと会うために集まる場所です。
ミーティングスポットというのは単なる通過点で、そこから人々の営みがはじまります。
最高のドラマがみれそうだと思いませんか。
たのしみだなあ。
(しき)
