何を信仰するか、と言う話かも知れない。
と、今開いた新作の中に書いてありました。
いや、自分で書いたんですけど。
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個人的に、
信仰って神だけじゃなくて、身近な人だったりとか、
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学生の頃から、いわゆる谷崎的だったり、
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それは、機能的なものを尊んでいくということではなく、ただ、
美しさも、信仰も、ただ飽きてしまう。これは精神ではなく、
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死ぬときに満足して死にたいとか、いうじゃないですか。
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それは、生に飽きるということとどう違うのだろうか。
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昔、父が祖父の葬儀で、
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「葬式って、何のためにあるか、(僕の名前)は知ってる?」
「なんで?」
「父さんが死んだときに覚えといて欲しいから」
「うん。」
「生きてる人のためにやるんだよ。
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母に禁じられていた煙草を、
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今回は葬式の話でもあります。
どう折り合いをつけるか、みたいな話になるかはわかりません。
僕も知りたいです。
だから書いてます。
この先に何かが在ると信じています。
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何を、信仰するかという話だと思います。
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(出町平次)
