「普通にしゃべっていいよ」

來來尸來は、出町平次の脚本を立体化するための口実づくりのために生みました。
彼の脚本は、平面のままでも、かなりいいものです。

もちろん、「ログ」も。テキストの時点でかなりの完成度になっています。
制作の立場でも、役者の立場でも、これを立体化する意義はほとんどないと思えてしまうくらいに。

演劇でしか表現できないこととか、演劇としてやるべきこととか、
わかんないし。
「ログ」を演劇にする必要は正直ないんじゃないかなと稽古場でよく感じます。

わたしがしらない時代のわたしがしらない国々の演劇といえば「詩」でした。ことばでした。
ひとはいつからことばを信用しなくなったのでしょうか。

今回は、生身のことばを紡ぐ、そんな上演になりそうです。

だれも興味のない私ごとですが、風邪を引きました。
からだが使えなくなるといっきに無力ですね。
体調万全でもたいして使えるからだでもないのに。
それでも、自分の普段のからだは自分のためには使えているんだってことを体感しました。

そしてこれも、だれも興味のない私ごとですが、ゾゾスーツでからだを計測しました。
とてもじゃないけど客観的に見た自分のからだはうつくしいものとは言えませんでした。

この記事のタイトルは、「ログ」に出てくる台詞です。

「普通にしゃべっていいよ」

普通ってなんやねん。

わからないけど、
2月9日にライト商會のギャラリーにあるのは、別にうつくしくない普通のからだと、特に飾らない普通のことばです。

すきになってほしいです。

 

しき

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